アシール
2025年11月8日
私たちは故郷を両目の中に入れて持ち運んでいる。ありし日に私たちを抱きしめていた街々から歩み去っても。私たちが後にした街路という街路が、今も私たちの名前を囁いている。家という家が、私たちが連れて行けなかった声を今も谺させている。
私たちは好きで出て行ったのではない。無理矢理に出て行かされたのだ。自分たちの家の玄関口から、静かな朝から、心の中で優しく育まれていた夢から、追い出されたのだ。
私たちは故郷の地を捨て去ったのではなく、今もそこにいる。だけど私たちは国境の内側にいながら追放された。そこに開いた傷口を通り抜け、恐い思いをすることなく、心の底から息がつける場所を探し求めたけれど、わかったことは、どんな隅っこにいても安心できないということだけ。目を向けた場所という場所が空っぽに見えただけ。
自分たちで決めたわけではない旅立ちのとき、私たちが持ち出したのは震える体とたっぷりの思い出だけだ。私たちはドアに鍵を挿したまま、写真を壁にかけたまま、ずっと中断したきりの授業のノートを開いたまま、見ている途中の夢を凍りつかせたままにした。
そして、私たちがこうした人生の欠片を後にして離れてゆくと、家々は次々に崩れ果て、かつて私たちの笑い声を聞いていた通りは、避難のための狭い通路と化した。廃墟となった通りの沈黙は、私たちに重くのしかかり、何が失われたのかを思い出させた。
一時的なものだと言われたキャンプは、時の流れに押しつぶされ、終わりのない場所となった。私たちの体はそこに避難する場所を見出したが、心は最初の故郷の扉に留まったままだった… ノックをしてみる。だが返事はない。
そして、絶えず追いやられ、流浪する中で、一人の仲間が私たちと一緒にいた。恐怖だ。それは、パンの配給行列に並んでいる時や、夜明け前の静かな時間など、ふとした瞬間に忍びこむ。それは、飛行機の音に乗り、かつて聞き慣れた声が響いていた沈黙の中に宿る。
それでも、どんな困難にもめげず、私たちは進み続ける。倒れたとしても、私たちは互いに支え合い、私たちの内にまだ輝いている光を手放さないでいる。そして「私たちは耐えるんだ、何があっても進み続けよう」というささやきも、手放すことはない。
私たちが求めているのは簡単なことだ。いやになるほど簡単だ。崩れ落ちない屋根、割れないドア、そして恐怖を知らずに眠れる子ども。
私たちは数字ではないし、記事の見出しでもなく、今日語られて明日には忘れ去られる物語でもない。私たちはただ、平和に、尊厳をもって、愛し、そして今もなお、あらゆる困難を乗り越えて愛する祖国で、ただ生きたいだけなのだ。
2025年10月24日
かつては活気に満ち溢れていた通りを歩いていた。店々は戸口を開け放ち、子供たちは声をあげて笑い、近所の人々はおしゃべりをしていた。今やそこは瓦礫と埃の墓場と化していた。空気に満ちる煙は、私の目に突き刺さり、私の肺を炎と恐怖の味で一杯にした。一歩一歩進むたびに、この場所がかつてどんな場所だったのかという記憶が掻き乱され、そのコントラストが耐え難かった。
その時、私は彼らを見た。子供たちだ。片腕を失った者もいれば、片足を失った者も、両足を失った者もいた。それでも、小さな体は瓦礫の中を、ほとんど不可能に思えるほどの勇気で進んでいった。見開かれた、探るような彼らの目は、子供に決して尋ねさせるべきではない質問を投げかけていた。「なぜ私なの?」「私はなぜここにいるの?」「誰か私を見てくれるの?」
男の子が縁石に座り、壊れたおもちゃの車をひび割れの上で転がしていた。彼の笑い声はか細く、刺々しかったが、それでも笑い声には違いなかった。近くでは、倒れた梁の上でバランスを取っている女の子がいた。小さな足で割れた木材を掴み、まるで途轍もなく強い意志で、世界を一つにまとめているかのようだった。風が砕け散った建物の間でささやき、小さな音を運んできた。鳥の羽音、子供の笑い声、犬の吠え声をーー命は何があっても生き続けようとするのだと、気づかせてくれるものたちを。
この破壊の真っ只中で、私の胸は、重苦しさに押し潰されそうになった。怒り、無力感、そして悲しみが同時に押し寄せてきた。どうして世界は何もなかったかのように、こんなにも平和に過ごしていられるのだろう。この地では、純真さは奪われて、悪夢に取って代わられ、叫び声が生き残るための言語となってしまったというのに。
私は、自分に微笑みかけようとした少年の隣に座った。でも、心からの笑顔は返せなかった。涙が目に浮かんだ。どんな言葉も、彼の魂が目撃した恐怖には決して届かないと悟ったからだ。私にできたのはただ、彼の肩にそっと手を置き、「あなたは一人じゃない」とささやくことだけだった。
近くには、小さな女の子が粉々になった戸口の端に座り、ねじれた金属片をまるでおもちゃのように握りしめていた。私たちの目が合った瞬間、彼女の瞳の中に、私は幾つもの物語がなす世界全体を見た。始まる前から引き裂かれてしまった世界を。
だが、こんな所でも、生命は完全に屈服することを拒んでいた。手は互いに向かって差し出され、子供たちは食べ残しを分け合い、慰め合い、ほとんど歌のように聞こえる、小さな冗談をささやいていた。混沌の中から、ほんのわずかな思いやりの行為が生まれ、人間性が儚い火花を散らした。それを抹殺することに決めた世界の中で。
私は歩き続けた。彼らの顔を心に、彼らの勇気を魂に刻みながら。たとえ世界が目を背けたとしても、私はそうしないと心に誓った。すべての命は、それがどんなに小さな命でも、すべての叫びは、それがどんなに小さな叫びでも、どれも大切だった。彼らの物語は、自分たちが忘れられてはならないと訴えていた。彼らの笑い、彼らの涙、そして彼らの生き延びるための闘いはーーどんなに暗い廃墟の中にあっても、命は見届けられ、感じられ、そして尊ばれなければならないという証しだ。
参照
ジョイ
2025年9月18日「私のペンで」
無題 - 復興
どの会議でも、復興について――つまり、この悲しみに満ちた地を、どう再建するかについて語られています。
彼らは、瓦礫や灰を回収して、
いずれかの国で再利用することを議論しています。
無知をお許しください。
でも、血まみれの瓦礫や、
腐敗した死体の骨を、誰が受け入れるのでしょうか?
殺されて、救助も受けられなかった
罪のない人々の遺体を?
あと、よろしいですか。
今、子どもや女性の遺骨で満たされた
瓦礫を受け入れることに前向きな国々は――
まだ生きていた頃の彼らを受け入れることを拒否した
まさに同じ国々ではないでしょうか?
これらの国々は
夜ごとに現れて眠りを妨げ
死んだ良心を苛むものたちに、耐えられるのでしょうか。
本当に、私の無知をお許しくださり、
私が疑問を抱くことをお許しください。それ以上のことは申し上げません。
でも、私の飢えと
爆弾の下の恐怖については言い訳しないで。
これも言い訳しないでくださいね。
私のゆっくりとした
死について。